― 戦間期国際秩序の崩壊 ―
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代 | 戦間期(1919〜1939年) |
| 中心事件 | 世界恐慌(1929年) |
| 主な影響 | ファシズムの台頭、国際協調の崩壊 |
| 関連体制 | ヴェルサイユ体制・ワシントン体制 |
| 結果 | 第二次世界大戦への道 |
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1919 | ヴェルサイユ体制成立 |
| 1924 | ドーズ案 |
| 1929 | 世界恐慌(ニューヨーク株式市場大暴落) |
| 1931 | 満州事変 |
| 1933 | ヒトラー首相就任/ドイツ国際連盟脱退 |
| 1935 | イタリアのエチオピア侵攻 |
| 1936 | 日独防共協定 |
| 1939 | 第二次世界大戦勃発 |
各国の対応(政治・経済)
| 国 | 主な動き |
|---|---|
| アメリカ | ニューディール政策 |
| イギリス | ブロック経済(スターリング圏) |
| フランス | 人民戦線内閣 |
| イタリア | ファシズム体制(ムッソリーニ) |
| ドイツ | ナチス政権成立 |
| 日本 | 軍部の発言力増大 |
覚えるべき重要キーワード一覧
- 世界恐慌
- ニューディール政策
- ファシズム
- ナチズム
- ブロック経済
- 人民戦線
- 全体主義
- 国際連盟の形骸化
- 日独伊三国同盟
1行まとめ
世界恐慌は各国の民主政治を不安定化させ、イタリア・ドイツ・日本でファシズムや軍国主義が台頭し、国際秩序は崩壊へ向かった。
【詳しい解説】
第一次世界大戦後、世界はヴェルサイユ体制と国際連盟を中心とする「国際協調」の時代に入った。しかしこの体制は、戦勝国と敗戦国の不平等、賠償問題、民族問題といった不安定要因を多く抱えていた。
1920年代の後半、アメリカ経済は繁栄を謳歌していたが、その成長は投機的で脆弱なものであった。1929年10月、ニューヨーク株式市場で株価が大暴落すると、銀行の破綻、企業倒産、失業の急増が連鎖的に発生し、世界恐慌へと発展した。アメリカ経済と密接に結びついていたヨーロッパ諸国も深刻な打撃を受け、国際経済は急速に収縮した。
恐慌への対応として、各国は国際協調よりも自国優先の政策を取るようになった。イギリスはスターリング圏を形成し、フランスも植民地を含む経済圏を重視した。こうしたブロック経済は一時的な安定をもたらしたが、世界全体の経済回復を妨げ、国際対立を深める結果となった。
政治面では、経済不安が民主政治への不信を高めた。イタリアでは第一次世界大戦後の社会不安を背景にムッソリーニ率いるファシスト党が政権を掌握し、独裁体制を築いた。ドイツではヴェルサイユ条約への反発と恐慌による失業増大が、ナチ党への支持を急増させ、1933年にヒトラーが首相に就任した。
ファシズム国家は、失業対策や国威発揚を目的として軍備拡張と対外侵略を進めた。イタリアのエチオピア侵攻、ドイツの再軍備と領土拡張、日本の満州事変はいずれも国際連盟の無力さを露呈させた。国際連盟は制裁を決定しても強制力を持たず、侵略を抑止することができなかった。
こうして世界恐慌を契機に、経済不安・政治的急進化・国際協調の崩壊が連鎖し、戦間期の国際秩序は完全に動揺した。この流れの延長線上に、第二次世界大戦の勃発が位置づけられる。
全体のまとめ
世界恐慌は経済問題にとどまらず、民主政治の危機と国際秩序の崩壊を引き起こし、ファシズムと侵略戦争の時代を生み出した。
論述問題
問1
世界恐慌が各国の政治体制に与えた影響について説明せよ。
模範解答
世界恐慌による失業と貧困の拡大は民主政治への不信を高め、イタリアやドイツでは強力な指導者による独裁体制が支持された。その結果、ファシズムやナチズムが台頭し、軍事力による問題解決が志向されるようになった。
問2
世界恐慌後、国際協調が崩壊した理由を具体例を挙げて説明せよ。
模範解答
各国は恐慌克服のために自国経済を優先し、ブロック経済や保護貿易を進めた。その結果、国際貿易は縮小し、国家間の対立が激化した。また、国際連盟は侵略行為に対して有効な制裁を行えず、国際協調体制は形骸化した。


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