江戸幕府の成立と徳川家康

(1600〜1615年)

1行まとめ

徳川家康は関ヶ原の戦いで勝利し、江戸幕府を開いて約260年続く武家政権の基礎を築いた。


基本情報

  • 時期:1600年〜1615年
  • 主な人物:徳川家康
  • 重要戦い:関ヶ原の戦い、大坂の陣
  • 政治制度:江戸幕府、幕藩体制
  • 意義:長期安定政権の開始

年表

  • 1600年 関ヶ原の戦い
  • 1603年 徳川家康が征夷大将軍に任命
  • 1605年 将軍職を徳川秀忠に譲る
  • 1614年 大坂冬の陣
  • 1615年 大坂夏の陣(豊臣氏滅亡)

表:織田・豊臣・徳川の違い

政権中心人物特徴
織田政権織田信長統一の基礎
豊臣政権豊臣秀吉統一完成
江戸幕府徳川家康長期支配

覚えるべきキーワード一覧

  • 徳川家康
  • 関ヶ原の戦い
  • 江戸幕府
  • 征夷大将軍
  • 大坂の陣
  • 幕藩体制
  • 武家諸法度
  • 徳川秀忠

詳しい解説

① 関ヶ原の戦い

1598年、豊臣秀吉が死去。

その後、豊臣政権内部で対立が起こる。

主な対立

東軍
徳川家康

西軍
石田三成

1600年

関ヶ原の戦い

が起こる。

結果

東軍の勝利。

これによって家康は日本最大の勢力となった。


② 江戸幕府の成立

1603年

家康は朝廷から

征夷大将軍

に任命される。

そして

江戸幕府

を開く。

江戸(現在の東京)が政治の中心となる。


③ 将軍職の世襲

1605年

家康は将軍職を

徳川秀忠

に譲る。

しかし

実際の政治は家康が続けた。

この目的は

徳川家の将軍世襲を確立すること

であった。


④ 幕藩体制

江戸幕府の政治制度を

幕藩体制

という。

構造

幕府
将軍の政府


大名の領地

大名は幕府に従うが、領地支配は認められた。


⑤ 武家諸法度

1615年

幕府は

武家諸法度

を制定。

内容

  • 大名の統制
  • 城の修理の許可制
  • 勝手な結婚禁止

大名の力を抑える法律である。


⑥ 大坂の陣

豊臣家はまだ存在していた。

家康はこれを危険視する。

1614年

大坂冬の陣

1615年

大坂夏の陣

豊臣氏は滅亡。

これで

徳川政権に対抗する勢力は消えた。


全体まとめ

  • 関ヶ原の戦いで家康が勝利。
  • 1603年江戸幕府成立。
  • 幕藩体制で全国統治。
  • 武家諸法度で大名統制。
  • 大坂の陣で豊臣氏滅亡。

これにより 江戸時代(約260年) が始まる。


論述問題

問1

徳川家康が江戸幕府を成立させるまでの流れを説明しなさい。

模範解答

豊臣秀吉の死後、徳川家康と石田三成の対立が深まり、1600年に関ヶ原の戦いが起こった。家康率いる東軍が勝利し、家康は日本最大の勢力となった。その後1603年に征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開いた。


問2

幕藩体制の特徴を説明しなさい。

模範解答

幕藩体制とは、将軍が支配する幕府と各地の大名が支配する藩によって構成される政治体制である。大名は自分の領地を統治する権限を持っていたが、武家諸法度などによって幕府の統制を受けた。

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